過疎高齢化・・この地域では、我が家のように親の近くに住んでいる息子・・ってのはたいへん少数派です。私の中学の同級生は80人ほどいましたが、そのうち熊野市内に居住しているのは2割ほほど・・この集落に暮らしているのは1割ほどです。ほとんどが県外に居住し、その親たちは二人・・いや一人での生活を余儀なくされています。私の母は、口癖のように私に向かって「おまえは優しさがない、思いやりがない」と言い続けていますが、そんな憎まれ口をきける息子がそばにいることが幸せと言えるほどなのです。都会で成功した息子を持つある方は「うちの息子は○○株式会社の専務になって」といつも自慢していました。ある日、そのおじさんが雨の中バスを待っているのを見つけ家まで送ってあげたのですが、そのとき小さな声でぽそっと言った言葉が「いくら偉くても、親の顔も見にこん子供なんて、いないのもいっしょやな」でした。あまり親孝行らしいことをしていない自分ですが、そばにいていられることが、もしかすると最大の親孝行なのかもしれません。私の長男も、なんとなく故郷に帰って仕事についています。なぜかお金はまったく貯まらないけど、我が家はなんて恵まれた家なんだろうと思う今日この頃です。
そんな幸せな自分が今日幼馴染のO君のお父上の葬儀に参列してきました。で・・参列している地元の面々の年齢は・・ゆうに60歳を超えていました。そのほとんどが、子供たちが近くにいない人たちです。いっしょけんめい働いて子供を育て、その子供たちに見守られることなく日々を生きている人たち・・。「俺で役に立つことがあったら言ってや」と声をかけたくなりました。
私の親父が亡くなって今年50回忌を迎えますが、母は常々「おまえたち兄弟は、この集落の人たちに面倒を見て貰ったんだから恩返ししないと」と言ってます。母が働いていたことから、カギっ子状態だった私たちをなにくれとなく面倒を見てくれたこの地域のとうちゃん、かあちゃん達、恩返しできるのは今かもしれません。